「こほろぎのうた」(室生犀星):藤田書店がおすすめする詩
一
石と石のあひだの
石と土とのさかひに
こほろぎはかくれてないてゐます。
石の下のおくの方で
すこしあいてゐるところが
どんなにさびしいかは誰も知らない。
どんなにあんしんだかも誰も知らない。
風もなく
雨もふらず
人のこゑもしてこない、
そんなところで
こほろぎは冬のくるまでなくのです。
こほろぎはさびしいところがすきなのです。
さびしくないと鳴く気にならないのです。
二
こほろぎは
いつもかなしくなると
口からお茶のやうな
しるをはきます。
くろいづきんをかむり
馬のやうな口で、
もぐもぐ何かたべてゐる。
秋がくると
すぐ
秋がくるのをしらせます。
そして山に雪の見えるまで
晩はないてなきやむことがない。
こほろぎのうたは
いつもおなじです。
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